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Forest Instructor Association of Japan

「明治伐木運材図絵」を通して明治の山仕事を読む3

執筆:羽鳥孝明氏(東京5-0145)

「明治伐木運材図絵」を通して

 
図1 玉切の図
 
図2 詞書き
先づ斧にて根廻りの上下を切り横挽きの大鋸にて断(き)り倒す。次に枝を払い木振りにより用途により六尺丈三九尺二丈物等に玉切るのである。

 この絵もいろいろと詰まっているので、こんな切り方をしたら事故が起きますが、それは考えないことにしてください。一応やってはいけないことをいくつか押さえておきましょう。人が近すぎる。上下作業をしている。伐木が適当に積んであるので、切った木がどこに転がっていくかわからない。
 前回の画と木の枝の付き方が違うようです。この木は杉か檜かそんな感じの木のようです。作業もそれを考えて行っているのかもしれません。
 前回の画の説明が先にあります。わざわざ横挽きの大鋸と「横挽き」と断ってあります。「縦挽き」が別にあるからです。
 次に枝を払いとあります。前回の絵は斧で枝を払っていましたが、ここでは腰鉈で枝を払っています。この木は鉈で枝払いができる大きさの木だと、杉や檜と考えられます。太い枝だとさすがに鉈の手にはおえないでしょう。この伐木の皮をむく作業があるのでしたら、皮の厚さ分だけ枝を深く切らないと、皮をむいたときに枝の部分がでっぱってしまいます。出材の時にいろいろと引っかかって不便・危険ですので丁寧に切ります。前回説明をした西多摩地域のリンギリという方法、そのような場合は枝の部分が残っていると木は滑らないし、構築したリン(サン)が壊れたりして、大変です。ちなみにこの地方はこの伐った枝などはどうしたのか分かりません。リンギリの場合はリンギリをした伐採夫のものになります。枝を持って下に降りることはあまりないので、泊まりがけが多いので、その現場近くに住んでいる民家の人が取りに来るので、あげるということをよく聞きます。当然夜はその家に遊びに行ったりしますが。その家では色々とあったようです。
 伐倒木を材の用途に合わせて切ることを「玉切」といいます。玉切はサキヤマが指示をします。その指示に従って、ベテランが木を切ります。元の太さではなく、末口の太さをみて、この木は何に使えるかを考えて長さを決めます。ここでは六尺丈三(十三尺)九尺二丈(二十尺)に切ることとあります。長さごとに用途が決まってきます。ここでは何に使うのでしょうか?木の値段が切り方一つで全く違ってきます。とても重要な仕事です。ちなみに、木はまっすぐに見えてまっすぐなものはありません。絵に描いたような世界ではないので、曲がりも考えて指示を出します。
 指定された長さと言っても、六尺ならば少し余分をつけます。それを「余尺」とか「あまり」といいますが、地域によって余尺の長さが微妙に違います。市場での取引との関係で、この地域はこのぐらいとか、あの地域はこのぐらいとかいうのもあるそうです。たとえば十二尺といっても、十三尺の地域もあれば十四尺のところもあるというようです。
 指定された長さを切るといっても、まっすぐに、垂直に切らなければなりません。木を切ったことのある方は分かると思いますが、なかなか木口をまっすぐには切れないものです。ですから、それはベテランの腕が必要とされます。西多摩ではリンギリの上で玉切をするので、ほぼ木が水平になっていますが、この図では木の上にいい加減に乗っています。この画は切られる木が外の木の上に乗っていることを表したいのだと思います。地面にぴったり付いていたら、切れませんよね。平地ならば台(輪台)の上に載せて切るところです。それができないとなると、このように木の上に乗せるという方法は考えられています。
 柄の長い鋸(シン切鋸)で玉切のときは水平に挽きます。手元を下げて挽いては、鋸を入れた刃道が食い違ってまっすぐに引きにくくなります。まっすぐに引く、簡単そうで難しい技です。西多摩では玉切だけ専門の人を雇う元締もあるぐらいですから、とても重要な仕事で、見えない技が隠されているといえます
 切るのは元の方から切っています。木の倒した方向によりますが、多くは元から切ります。普通は上か斜め上に木を倒します。その倒す木も先に倒した上の木にかかるようにします。元の伐り口は切った株に載せておきます。すると、倒した木が先の木にかかっているのだから、隙間ができることになります。玉切りしやすくなります。そして、元から切った木を下に落としながら、上に上って切っていきます。この逆だと怖いですよね。切った木が上にあって、自分が下にいたらいつ木が滑り落ちてくるか分かりませんから。
 この画の枝が付いている木が下を向いて倒れています。あまりこのような倒し方はしませんが、枝が付いているということを表したいので、こういう構図になったのではないでしょうか。杉や檜の場合は(時期によりますが)乾燥をさせるために、伐木の枝を落として皮を剥き、しばらくおいておきます。その時に、上の方の枝を少し残しておきます。その方が乾燥が早いそうです。木を乾燥させるのはできるだけ、運材が楽なために軽くしたいからです。なにせ人力ですべて行うのですから、いろいろと考えていたようです。そこに人間の智恵が活かされていたと思われます。現在は機械の力で運び出すので、乾燥という余分な手間をかけないで製材所に回します。そのため製材所では機械乾燥という、余分な手間をかけています。
 ちなみに、私が聞いた玉切は乾燥させてから切ります。この画では皮も枝もついたまま、乾燥もさせないで玉切をしているように見えます。この後、杣角・木挽をする関係かもしれません。

付録

玉切について「聞き書き 山の親父のひとりごと 3 群馬編」(東京の林業家と語る会編)に記事がありますので、イメージできるかもしれません。この話は昭和の話ですので、石(こく)単位です。一尺×一尺×十尺=一石です。江戸・明治時代は尺締(しゃくじめ)が単位です。一尺×一尺×十二尺=一尺締です。用材の長さに対する感覚が多少違っているかもしれませんが、参考にはなると思います。
金子:造材(玉切)というのは、山元の方でこの山の木は、さっき尺棒ってあったよね、 あれ使って、「こういう木取りにしてくださいよ」と注文がくるんですよ。俺なんかやっていた時代の造材というのは末口(まつくち)が尺3寸以上の木は全部、長さを13尺に伐ったんですよ。それは板もんなんでしょうね。   

聞き手:尺3は目通りでなく、直径ですね。当然杉の木ですよね

金子:そう。杉。大っきいよぉ、(植えてから)7、80年から経っているから。

聞き手:いつ頃までのことですか。

金子:それはもう昭和35、6年頃まで。あったんですよ、そういう木がたくさん。で、その下(13尺切ったあと)になると、こんだぁ、長さ2間で、やっぱりこれは(造材して)板材なんですね、長さ2間で、末口が6寸以上っていうんですよ。2間のその下(2玉)切ったあとになると10尺を1丈物っていうんです、柱材。それは末口4寸5歩から6寸まで。その上(の方)となると、こんどはだんだん細くなりますから、末口直径4寸以下の場合は、13尺に伐るのね。それはどういうところに使うかっていうと「根太(ねだ)」。そして天井の「垂木(たるき)」とか。うーん、(そういう取り方をしたのは)2寸5歩から3寸5歩までだね。そして今度その頭(あたま 木の上の方)になると細くなっちゃうわけですよね、1番頭だから、それは、6尺2寸という形で伐る、とるんですね。それは末口が1寸5歩以上、2寸5歩ぐらいまで。まぁ、今でいえば杭とかなんかだろうね。それが、標準の取り方だった。聞き手:余りはどのくらい付けましたか。

金子:2寸付けるんですね。”のび”を見とくんですね。

聞き手:伐採造材作業は誰に頼まれて作業するのですか。

金子:そうですね。山師に頼まれて作業します。けれど、倒してある木を2間先へいった場合の直径がいくらであがるかって、いちいち測って切ったら仕事になんないから、あくまでそれは経験です。勘でやるわけですよ。で、もう(それで)ぜんぜん間違わないんだよね。

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