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Forest Instructor Association of Japan

「明治伐木運材図絵」を通して明治の山仕事を読む5

執筆:羽鳥孝明氏(東京5-0145)

「明治伐木運材図絵」を通して

 
図1 木挽きの図
 
図2 詞書き
角になったものを板に挽く仕事を木びきと云う。中広の重い縦挽鋸は真直ぐにひくために工夫された用具とは云へ 四分板六分板八分板一寸
と六尺の長さを曲げずに何板をもひくことは 非常なる修練が要るのである。

 木挽きの前に画の上の方に描かれている皮むきについては、前回の詞書きに「時期により杉や檜は屋根用の皮をはぎとる」とありました。春先と秋のお彼岸手前あたりが皮を剥く季節のようです。その間、梅雨の頃は皮が二重皮になってよくないということです。また、お彼岸以降は木に水があまり上がらないので、うまく剥けないといいます。定尺(地域によって二尺何寸三尺何寸)に測って印をつけ、そこを回し鎌(中段右端の人が手に持っているもの)でぐるっと一周皮を切ります。定尺に切られた部分に幹に沿って切れ目を鉈などで入れて皮を剥きます(中段右から二番目の人)。気持ちよいほどすっるときれいに剥けます。それを束ねて乾かします。上の左に束ねている人がいます。同じ向きで束ねていると、スルメのように丸まるので、何枚かずつ縦横にして束ねます。皮の長さは一緒だが、幅はあまり気にしないで、数枚を並べて、指定された長さにして束ねます。この束ねる縄はフジツルなどの近くにあるツルで代用することが多くあります。
 さて、下の画は木挽き(こびき)です。木挽きとは大鋸(おが)・前挽(まえびき)という縦引き鋸で板材を造る作業及び作業夫をいいます。この大きな鋸を見たことがある人はキコリの鋸だとよく勘違いをします。樵の伐倒用の鋸は横挽きですが、これは縦挽きです。刃の形が違います(後出写真参照)。
 木挽きをする場所を厘場といいます。二本の材の下に板みたいなものが三枚落ちています。丸い木から、「サキモリ」がここでも何枚の板をとるか見当をつけて端を切り、角材にした時の切れ端です。ケンタといいます。ケンタの量が少ない方が利益は上がります(材積が大きい)から大事な作業です。その指示に従って、木挽きが挽いていきます。画の右端で休んでいるのが「サキモリ」でしょうか。たばこを吸いながら、現場を監督している姿を写しています。
 材を立てかけている所を厘代(輪台)といいます。厘代にかけている材木の高さが違うのが解るでしょうか。右の側の人が「ハナワリ」という作業で、何枚切るかの引溝を仕立ています。それを左側の人に渡し、厘代の固定をして「立引」して、板にしていきます。板にするときは少しずつ、板が同じ長さになるように鋸を挽いていきます。片方からではなく、逆の方からも引いていきます。最後には三角形の山ができてそこがつながっているようにします。切り放しをしません。それを「オガム」といいます。オガムを多く残しながら、見たところ解らないようにするのが木挽きの「要領(ごまかし)」といいます。尺幅長六尺で1日四〇枚から五〇枚がだいたい引けたそうです。「ハナワリ」をする人と「立引」するひとでは、当然ハナワリをする人の方が上の立場です。
 このように厘代に立てかけて引く「立引」に対して、「横引」というのもあります。堅木や大木は「ハナワリ」をしたあと、材を横に倒して、挽いていきます。「横引」は「立引」より難しい作業だったといいます。想像してみてください。立てに鋸を挽く方が楽ですよね。また、太い木の場合二人で挽くことがあります。これを「オオサカビキ(逢坂引)」といいます。しゃれた言葉ですね。二人の鋸がぶつからないように交互に挽いていきますが、互いの引線が平らになっていなければならないのです。互いに切穴を見ながら確認をしながら切進めるそうです。あまりに太くて、オオサカビキをしてもシンが残る場合があります。そのような時は「シン切鋸」という長い鋸を使って、真ん中の切り残しを切ることをします。
 この地方では木挽きの組が伐採夫などと違って独自の組を持っていました。江戸時代や明治の初めは越後(えちご・新潟あたり)や野州(やしゅう・栃木あたり)の木挽きが来ていたが、その人達に教わって村の中で専業の木挽きも育ってきました。彼らの組は仕事主のサキヤマの下で元厘・中厘・ウラ厘という三役の者の管理下で仕事をしていました。
  元厘は  木挽きの指導に当たりお金の管理・帳面付けなどをする
  中厘は  元厘の補佐、事務もやる
  ウラ厘は いろいろな雑務を行い、連絡調整係
元・中・ウラとは木の元・中・ウラ(末)のことをいっているのだと思われます。


付録

山の中で厘場を組んで作業をする木挽きと製材工場や町中で作業をする木挽きがいます。深川の木場で木挽きをしているのは工場や町中でやっていることになります。杣角になった太い材が、海や川を通して運ばれてきたものを材木問屋が板にしたりしています。製材工場では機械に入らない大木を横割りする木挽きが、山の中の杣が消えてしまった後も、おそくまで残っていました。しかし、機械の性能向上によりそれもなくなってしまいました。

今では考えられないが、家を建てる大工の棟梁が木挽きに頼んで寸法通りに挽いてもらうこともあったようです。

山の中で、伐った木をそこで木挽きにすることもありました。びっくりした話は、徳島で聞きました、木を上に伐り倒してそのまま半割に挽いていったというのです。枝は払った後ですが。どう考えてもまっすぐに引けそうにないが、そんな光景を見たそうです。山の中でそこに輪台を造り、横にして引いたというのはよくありました。大木ですが。

前挽(大鋸)の写真です。この鋸は多くの地域で残っているのを見かけます。それだけ需要があったと言うことだと思います。刃と背の間がだいぶ広くなっています。これが木挽きの鋸の大事なところです。一間もの長い板を挽いている間に曲がっては大変です。まっすぐに挽くためにここは広くなっています。ここが木に挟まれるようでは、引っかかってまっすぐに切れていないことになります。まっすぐ引けているかどうかの感知する役割をします。

前挽の歯の写真です。鉋のようになっています。横挽きの歯はナイフのようになっていますから違いが分かると思います。
 

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